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鷹木さんの読書感想文

主に読んだ本の感想とか。発言は個人的な見解です。

『劇団四季 ライオンキング』

先日、見たい見たいと思っていた劇団四季のライオンキングを見に行った。

 

予定が立てにくい仕事のため、ずるずると引き延ばしていたが、

 

友人と後輩にその話をすると

 

「絶対に見に行ったほうがいい」

「見るならS席。一万越えの価値はある」

 

と、勧められよっていた勢いもあり思い切ってS席のチケットを予約した。

 

前日の街コンの二日酔いを抱えつつ(後日記事にしたい)、会場へ。

 

土曜日ということもあり、カップルや家族連れ、女性グループなどが多く、

 

男一人で来てるのは俺だけだったのでは・・・。

 

んで、感想。

 

オープニングの「circle of life」。

 

もう最初からクライマックス。鳥肌総立ち。

 

歌詞はわからない(日本語のところはもちろんわかる)が、

 

体の芯というか、脳の底からエネルギーというか生命力を感じる

 

賛美歌や神道の結婚式の時に流れる音楽を聴いた時も思ったが、

 

音楽というのはやっぱり本能を揺さぶる。

 

聴いたことがなくても、賛美歌を聞けば幸福感にあふれ、

 

神道の楽器の音を聞けば背筋が伸び、

 

アフリカの音楽を聞けば生命力が溢れてくるのだ。

 

象が本当に象の大きさでびっくりした()

 

誰よりも声というか歌が段違いだったのがハイエナで笑ってしまった。

 

あとは友人と後輩から見どころの一つとして聞いていた、

 

ティモンとプンバァの北海道弁

 

さすがにあそこまでなまってる人は、高齢者でも見たことがないが、

 

あぁ北海道の僕らのためにやってくれているんだなぁと思うととても嬉しかったし

 

とても笑えた。芋虫はザンギの味らしいですよ。

 

一つ一つのシーンに感動してしまって、会場全体もそうで、

 

毎回毎回拍手が止まらなかった。

 

音楽、歌、劇、美術、技術

 

ミュージカルは総合芸術で芸術の最高到達点かもしれない。そう思った。

『カムイ・ユーカラ』

ストレス爆上げだったので、軽いものをと手に取りました。

 

『カムイ・ユーカラ』/山本多助/平凡社

 

道産子としていつかは読まなければと思っていたものをようやく読めました。

内容はアイヌの人々のなかで語り継がれてきた童話や神話の一分。

自然を舞台に人生の大切なことを教えてくれたり、うさぎの耳はなぜ長い?など子供が持つ疑問に子供向けに答えをだしてあげる内容など、とてもアイヌの人々らしいなぁ!とおもう内容でした。

動植物全てが神様である中で、熊やフクロウ、イヌが他よりも上位の神であるところも、北海道の自然の厳しさを乗り切る文化が現れている気がする。

 

 人喰い熊を懲らしめる話。ミソサザイという小さな鳥が知恵と勇気で熊と戦い、それを期に山中の鳥たちが一致団結して熊をやっつけるという内容。相談に乗るサマイクルの神はミソサザイの勇気をたたえつつ、鳥達に結束を促し、自身は敵の弱点をよく観察し、知恵を持って用意周到に熊を追い詰めていく。

 童話を通して

  1. 知恵と勇気をもつこと。
  2. チームワークの大切さ
  3. 敵の弱点と自分の強みを知ること
  4. 用意をしっかりとすること

をまなばせているのかな、と思いました。

 

  • 鼻長ネズミの話

 鼻長ネズミが山のみんなに感謝を伝えようと宴会を開こうとする話。

 小さい体でなんとかお酒を作ろうとする所や、宴会を開くことで頭がいっぱいになってしまってみんなを呼ぶことを忘れてしまったり、お酒で喧嘩が起きてしまいわたわたするところがとても可愛らしい。

  1. 小さい体でも人を思いやす大切さ
  2. 一生懸命でも大事なことを忘れてはいけないこと

を童話を通して伝えている。

 

  • 強情熊の話

 友人の龍の神の忠告を聞かずに、好奇心だけで行動してしまい、死んでしまうというお話。

 主人公である熊は神で、知恵も力もあるが、自分の力を頼みにしていると痛い目を見るよといった感じ。アイヌの童話だけあって、「自然には勝てないよ」という内容が多い。

 

  • 小さなカワウソの話

 取った魚をキツネに横取りされてしまい、怒ったカワウソは力を合わせてキツネを懲らしめるという話。

 これまでの話と少し趣旨がかわって、動物の特徴をよく説明している。

 カワウソの鼻が潰れているのはキツネにぶたれたから

 キツネが赤いのは懲らしめられる時に筋子を投げつけられたから

など。

 小さい子供が「なんでカワウソの鼻は潰れているの?」「なんでキツネは赤いの?」と聞いてる様子や、それに童話で答える親の姿が想像されてとてもほっこりする。

 

  • うさぎの話

 これも一つ上の話と同じで、うさぎの特徴が説明される。

 隣に住むキツネに、凍った湖に穴を開け、尻尾を垂らすと魚がつれる、その時油断すると寒波の神さまが水を凍らせて尻尾が取れなくなるよ、と教わる。

 うさぎは言われた通りにするが、うっかり寝てしまい、尻尾は凍りついてしまう。なんとか自力で抜け出そうにも抜けない。妻のうさぎに引っ張ってもらい、ようやく抜け出せました。という内容。

 この時うさぎは

 自力で抜け出そうとしたから後ろ足が発達して。

 耳を引っ張られたから耳が長くなり。

 尻尾が凍ってしまって、ちぎれたから尻尾が短くなった。

らしい。『ゴールデンカムイ』というマンガでは、うさぎはもともと鹿のような足をもっていて、鹿はうさぎのような足を持っていた。鹿の足を羨んだうさぎは、鹿を騙して足を交換してもらう。騙されたことに気づいた鹿はうさぎに火のついた松明を投げつけたからうさぎの耳の先は黒く焦げてしまった。という話が乗っていた。

 

他には、怪鳥クリューの話(自分は強いと思っても上には上がいるという話)やマリリンコ姫(竹取物語ならぬホタテ物語)、カッコー鳥の歌や言葉遊び(なぜ?なぜ?をつなげていく)、強情カワウソの話など、自然を舞台に人生で大切なことを教えてくれる。

 ほかには「アイヌ・ラッ・クル伝」という題名で、アイヌ天地創造の話が記されている。

 ここではフクロウは夜を見守る神様だったり、イヌは神様を手伝う神だったり、古事記との違いを楽しむのもありだなと思った。

 

勉強できる人できない人

現在測量を習うために色々なところの人が集まって教育を受けている。

 

ここでは高卒も大卒も、年齢もバラバラな人たちがいて、高校のように、一定の成績な人たちが集まっているわけではない。

 

測量では三角関数など高校で習う数学を使う。

 

僕は数年前に卒業したとはいえ、高専卒ということで、ある程度のポテンシャルでこなせるため、色々な人に数学を教えているわけであるが、

 

勉強ができない人、というのは数種類に分けられるものだなぁと感じた。

 

1.そもそもやる気がない人

希望して来ている人ばかりでもないので、最初から「おれ数学苦手だし」「聞いてもどうせわからないし」と匙を投げている人。これはもう、どう教えても無理。

 

2.理解ができない人

原理や方法を理解できない(教える人の腕もあるかもしれないが)。難しく考えてしまう(これはこういうもの、といった考え方ができない)。こういう人もいた。この種の人は、説明のレベルを落として行く、図や絵で理解させる。絵に動きをつけて教える。など、一対一で教えると理解してくれた。

 

3.覚えれない人

問題を解くたびに、定理や公式を参考しているので、それが頭に入っておらず、いざ試験で問題を目の前にすると手が出なくなってしまう。

これは、問題数をやらせるしかない。

また、理解できないがために覚えれないという人もいた。

 

学生時代、僕の成績も決して良い方ではなかったが、いざ人に勉強を教えるとなると、自分ができなかったぶん、人に教える時に、その人のレベルに合わせられるのかなと思った。

 

天才は教師になれないものだ。

『ポーラースター ゲバラ覚醒』

読了から時間が経ってるので、記憶が曖昧だけども。

カストロ前議長が亡くなったというニュースで読んだのを思い出したので。

 

『ポーラースター ゲバラ覚醒』/海堂尊

 

あらすじ

キューバ革命を指揮したチェ・ゲバラのお話。

ここでは医学生であった当時、南米を旅した時期が描かれている。

婚約者との別れ、女性との出会い、友人との出会い、さまざまな別れと出会いを繰り返し南米を旅する。悪い人もいい人もゲバラに大きく影響を与えていく。

一緒に旅をしていた親友のピョートルと死別、この友人の死がゲバラの人生の舵を大きく切る・・・?というところで終わり。続きが気になるところ。

 

感想

正直、冷戦の時代に生まれていたわけでもなく、「チェ・ゲバラ」と聞いても、教科書にチラッと出てきたなぁ程度。あとはタバコの箱に顔書かれてたり、MGSのピースウォーカー?でチラッと名前出てきたような・・・くらい。

医学畑の人なんだーってこの本で知ったくらい。

とにかく熱く賢くロマンチストなバリバリなラテン系だぜ!って人物だなと思いました。学生としては決して真面目とは言い難い感じなのですが、自分の考えに対してはまっすぐで真面目で賢い。こういう人間じゃないと国を動かすというのはどだい無理な話。

途中で政治家と論争したり、女優にメロメロになったり、パーティでナンパしたり、かと思えば医者の卵として研究熱心になってみたり、ひたすら欲望に真面目なエピソードが多く一気に読んでしまいました。

人生の中には、いい意味で影響を与えてくれる人もいるけど、悪い方に影響を与えてくる人もいる。どの道に進んでいくか、自分の考えにまっすぐ真面目に考えなければふらふらとした人生を送ってしまうのかな。と人生論を叩きつけられた気分でした。

続巻も気になる

 

出戻り作業なのか推敲か

先日、仕事の話で上司が

 

「出戻り作業はそもそも効率が悪いし、余計な時間もかかるし、そもそも部下の士気に関わる。最初から完璧にやればいいのだ」

 

とのたまっていた。

確かに最初から完璧にできれば最高だろ。

というのも、この意見に対して僕は首をかしげるのだ。

僕は学生時代に何度もレポートを書かされたのだが、最初から完璧を目指してレポートを書こうと思ってもうまくいかないことが多かったのだ。

というか、そんな意気込みで書いたら締め切りに間に合わない。

書きながら考えるという作業がなかなか難しい。

「こうかいたら教授はどう質問してくるのか?」

「この文章に根拠はあるか?」

「日本語として大丈夫か?」

普通の仕事でもそうだと思う。

考えながら作業するというのはなかなか難しいのではないか。

作業中に上司があれこれ指示をしてくるならなおさらだ。

なので僕は、作業の内容を聞いたらまずやってしまう。

終わったら自分で見直して手直しをする。

その後に上司やら教授やら上の立場の人に

「これでよろしいかしら」

とお伺いをたてて、指示を仰いで、手直しする。そして上司に点検をしてもらって…

というふうに推敲とも呼べる作業方法の方がやりやすい。

上司は「二度手間は悪」というが、僕は「二度手間というのは向上心という名の推敲故の作業である」と考える。

時間はかかるかもしれないが、何度も何度も手直しができるのならその方が最終的な完成度は高くなるのではなかろうか。

似てるけどちょっと違う

現在勤めている職場は寮があって、そこに住んでいるのだが、

 

その寮は先輩後輩ごちゃ混ぜの3人一部屋というとんでもないものなのだ。

 

そこで一緒の部屋になった先輩が辞めて1年ほど経ったのだが

 

その先輩が、なんとなく僕に似ていたのだ。

 

いや、似ているとよく言われたのだ。

 

映画をよく見る。

本が好き。

漫画を読む。

雑学やクイズ番組が好き。

飲みに行くのが好き。

 

他の先輩方からも

 

「同じような奴が同じ部屋に住んでるのか」

 

とよく言っていたのだが、僕からしてもその似ている先輩からしても

 

似ているか???

 

という感じだった。

 

まず映画が好き。というところだが、

 

先輩は洋画が、僕は邦画が好きなのだ。

 

先輩は「邦画はクオリティが低い」といい、

 

僕は「洋画は外国の人の名前が頭に入ってこない」という。

 

本が好き。というところも

 

先輩は「乱読」かつ「愛書家」

 

僕は「著者で本を選び」「愛読家」

 

なのだ。先輩はとりあえず面白そうだと思った本は読む。

 

そして何よりも本そのものを愛していた。

 

お菓子を食べながら読んだり、本を開いたまま放置しようものなら

 

この世の終わりかと思うほど怒った。

 

僕はもちろん面白そうな本を見つけたら読むが、基本的には好きな著者の

 

本を選ぶ。そして本そのものに対しては特に感情がなく、

 

お菓子を食べながら読むし、本を開いたまま放置するし、本が日に焼けても

 

大して気にならない。

 

漫画は、先輩はジャンプやヤンジャンに載るようなタイプが好きで、

 

僕はいわゆるマイナーと呼ばれるものが好きだ。

 

雑学にしても先輩はそれを披露するのが好きだし、僕は雑学を吸収するのが好きだ。

 

飲みに行っても先輩は食べるし飲むし一人でも行く

 

僕はあまり食べないが結構飲む。そして一人では決して飲みに行かない。

 

まぁ大元?は似ているというかよく気があったので仲良くさせていただいていたが

 

奥底でわかりあうことはないだろうなぁと思っていた。

 

似てるようでちょっと違う。そんな話。

大河論

大河論というほどでもないが、、、

 

僕は生まれも育ちも石狩川の川沿いである。

 

鼻水を垂らして走り回ったのも石狩川沿いだし

 

初恋も失恋も石狩川沿い

 

青春の全てを石狩川沿いで過ごし、

 

なんの因果か今も石狩川沿いに住んでいる。

 

先日、東北から異動してきた上司がふと

 

「北海道の河というのは汚いな」

 

と言っていた。

 

なるほど確かに石狩川は濁っている。

 

地元は石狩川の中流のほうで、

 

今は石狩川の上流に住んでいるので、

 

こちらにきた時は

 

石狩川も上流になると綺麗になるなぁ」

 

とは思っていたが、まあ飲めるかと言われると

 

飲めない。

 

なんでも本州の方の川は、水が澄んでいて

 

飲もうと思えば飲めるらしい。

 

とある本で読んだのだが、

 

「日本の川は小さく流れが遅く綺麗だ」

「中国で河といえは黄河や長江のことをさす」

 

とある。

 

その「かわ」というのがなんでも国民性を

 

形成しているのではないか。という話だ。

 

日本人は繊細で綺麗好き。

中国人は豪快でパワーがある。

 

というふうに。

 

となると、北海道人は本州の人と比べて

 

「繊細さに欠け豪快で大雑把」

 

ということになるのか?

 

結構結構。北海道人は開拓民の子孫だ!

 

大雑把で豪快でパワーがあるのだ!

 

北海道の河は汚いのではない!

 

力に溢れ細かいことを気にしない豪快な河だ!

 

石狩川万歳!!!

 

その石狩川沿いにあるイネ科の花粉が

 

僕の鼻を攻撃しようとも、僕は石狩川を誇りに思う。